★★ 母セツ子(88) 100歳まで 4206日 ★★
日本全国に大学病院はいくつあるかご存知ですか
厚生省の資料によると 81あるそうだ
…… vol.62 昔々じゃない あるところに ……
9ケ月もの介護休暇から復帰したタケちゃん
このまま 離職しようかとも考えたけれど と ぽつりぽつり話だした
両親とも公務員 父上は昭和男子で家の事は全て母上任せ
母上は5月の健康診断では異常が無し
昨年の夏 体調不調を訴え 病院に連れて行くとどうもハッキリしない
ちゃんと調べましょう という事になり 大学病院に行ったんです
検査結果は タケちゃんと 近くに住む兄上が聞きに行くことになった
余命3ケ月…
そう告げる医師の背後に立っている看護師が立ち寝していた
いくら疲れているか どんな激務か知りませんけどね
余命3ケ月 って言われてる家族の前で寝てたんですよ

怒りと悲しみとで 言葉が出なくなっちゃって
(ノд-。)あぅ。。あう ちゃったら 先生が大丈夫ですか? 落ち着いてくださいって
手の施しようがない
手術も出来ない
82歳と言う年齢
とにかく 終末医療 QOL ということで ケースワーカーと話しをするように言われました
何のための健康診断なのか 大声で訴えたかったですよ
そしてあの 看護師を怒鳴りつけてやりたかったですよ
涙で抗議しようとする私に兄が言ったんです
ここは…◎⁂なんだ 東京じゃないんだぞって
じゃ…◎⁂に住んでたら病気を見落とされても仕方ないの?
…◎⁂の大学病院の看護師は寝ててもいいのっ! てケンカしましたよ

父には隠しました 何を言い出すか分かりませんでしたから・・・
近所の病院に入院させました
家にいると 病気の母に 寝てばかりいるな 食事を作れって父が言いかねなかったので・・・

家に帰るとお母さんが休めないからと説明して 涼しくなったら家に帰ろうと説明しました
あんまり 頭にきたので 大学病院にはクレーム入れましたよ
サービス向上の為に録音して■■という看護師にも聞かせて下さいねっ

って 言ってやりましたよ
母上は 落ち着いて顔色もよくなり10月末には退院
足腰が弱くなり訪問介護 と 訪問医療をスタート
父の不満を抑えるように私が家事一切をしました
兄は顔を見せに来るだけ…
だから父を食事や 親戚のところに連れて行ってもらいました
兄嫁は子供の世話 そして自分の親の介護をしていましたから…
私は母の為に介護休暇を取りましたけれど 父の生活支援をしていたようなものです
タケちゃんの目が潤んだ

母の部屋から う~って 声が聞こえて・・・・
大丈夫? おかぁさん 大丈夫? 痛いの?
母は 自分の余命がもう短い事を察していたんでしょうね
死にたくない・・・って言ったんですよ
!
言葉が無かったですよ
結局 余命宣告された時から3ケ月の倍 半年生きましたけれどね
病院 健康診断 大学病院 訪問医療…
色々ありますけれど 病気を見つけてもらうのにこんなに運不運があるなんて…
だけど、母は家で最期を迎えられましたからね… と 涙を拭ってお彼岸に帰省して行った
・・・・・・・・・・・・・・・
父上(85)は 腰痛の治療で 大学病院に通院していらっしゃると言う
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