昔々じゃない あるところに T介という55歳になる独身男がおりました。
姉と妹がいて それぞれ家庭を持っています
T介は中堅企業で経理部門に勤務
地元名門高校に入学したばかりの夏 当時国鉄職員だった父が他界
つつましくすればやっていけるという生活の中 社会人となり 姉と妹が嫁ぎ 気が付くと90歳に間もない母と二人暮らし
ある日 帰宅すると異臭・・・
玄関から居間まで汚物が点々
母は既に自室で就寝 T介は驚きながらも静かに始末をしました
シャワーを浴びさっばりし、ビールを飲もうと冷蔵庫を開けた時目を疑いました
冷蔵庫の中に 汚れた母の肌着が入っていたのです
11時近くなっていましたが 姉に連絡しました
先ほど自分が始末したシミ跡の残る廊下 ビニールにくるんで捨てたタオル まだひんやりとしている汚れの残る肌着をデジカメにとりました
姉に現実を見せなくてはと思ったからです
週末 母が整骨院でマッサージを受けている間 姉に来てもらい家探しを始めると母の箪笥や押入れに 汚れた肌着が突っ込んでありました
『どうして気づかなかったのよ』と 声をあげる姉に 母の部屋など入った事が無い!と言い訳するT介
姉はその晩泊ることになり 母と話をしながら一緒に休むと言いました
翌朝 居間に寝巻姿の母がテレビもつけずにぽつねんと座っていました
『私の部屋に 知らない女が寝てるんだよ お父さんの女だろうか?』
T介をみかけるやいなや母は怯えて訴えました
『お父さん? お父さんは40年前に死んだんだよ 女なんていないだろう』
『お父さんにはずっと女がいて その女が疲れさせて死んだんだよ うちとあっちと2件の家を往ったり来たりして早死にしたんだよ』
返す言葉もなく呆然としていると
『日曜日なのにずいぶん早いわねェ』と 姉が起きてきました
T介がドキドキしながら見守っていると母は姉に向かってこう言いました
『お姉ちゃん 今 お父さんの女が出て行ったでしょう 何か盗って行かなかったかい』
母の怯えはT介に そしてそれは姉にも伝わりました・・・・
T介と姉は 物忘れ外来やら 地域包括支援センターやらと1週間の間にバタバタと介護に関するあれこれをすすめました
妹には母の状態を伝えられません・・・
教育やら夫の単身赴任やらが原因で 心の病からようやく脱したばかりの妹は今もパニック障害で 自宅から数百メートル以上離れた場所には一人では行けないのです
ほぼ一年近く 寝たり起きたりしていた妹を80を過ぎた母は電車を乗り継いで1時間かけて看病と励ましに見舞ったものでした
『姉ちゃん 有難うね 俺、保険の受取人 姉ちゃんにするわ』とT介は言いました
『Tちゃん それは嬉しいけど Tちゃんが死ぬ前に介護になっても私 見てあげられないと思うわよ 死んだ時にはお金いらないから
自分の介護に私の事を使わないで 自分のお金を使ってね それと、私 この家要らないからね お金なら欲しいけれどね』
建売にはない広々したリビングや幅の広い階段のが密かに自慢だった家が急に価値の無い古ぼけたものに感じられました
そして、当然の様に自分が住んでいる家が自分だけの所有物ではない事にも気づきました
一緒に暮らしていた母に 足や腰の痛みを訴える事が有っても薄化粧をし 新聞を読み親戚に時候の挨拶の手紙を書く姿に安心していたT介
今は何月ですか? 2月です 今は冬ですか? 夏ですか?
『えっ? 今 今は春? 』と応えた母は 要介護2と判定され薬も服用
最初は訪問ヘルパーが来る日に姉にも来てもらい 姉の友達だと説明したのが功を奏したのか 最初は不安がっていた母も受け入れられるようになった
ヘルパーさんを パーちゃんパーちゃんと呼んでいる
洗濯はほぼヘルパーさんに任せることになり 母の肌着を帰宅後取り込みながら、気が付くのがはやくて良かったと自分に言い聞かせる
夫の両親の介護を経験した姉が 助けてくれた事も救いだった 自分一人だと何から始めていいか分からなかった
何よりまだ 働きたい 65.いや、70歳までは働ける自分でありたいと強く意識した
人並み以上に働く事が好きなワケでも、会社が好きなワケでもなかったけれど、同僚や先輩を見ていて 介護離職は絶対に避けたかった
今まで殆ど使わなかった有給休暇だか、介護休暇も活用し 仕事のスタイルも殆ど変えずに済んだ
母は半年前と比べると明らかに元気だ それが何よりありがたい
会えば会釈する程度だった隣人にも自分から声をかける様になった
『立派な息子さんがいるから お母様 安心ね』と、言われた時には赤面した…
亡父に愛人がいたのかはわからないけれど 父の兄弟が生きている間に聞いておこうと思っている
母の妄想なのかも いや、どうかな・・・ とちよっと気になるトコロだそうだ
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頑張れT介さん 今度ゆっくり話聞くからね
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